人によって「人生の難易度」は異なるから

暮らし

どうもサマビーです。
今日は近頃、感じている話を書きます。

最近まで考えたこともなかった内容ですが、人生の難易度って、本当に人それぞれ異なると思うんですよね。

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まずは就職で「人生の難易度」が跳ね上がる!?

ゲーム的な表現方法ですが、近年感じることの1つに「歳をとるにつれて、人生の難易度が上がっている」ということがあります。

逆に言えば、若い頃はそんなことを考えたことがありませんでした。きっと、人生の難易度はさほど高くはなかったのでしょう。幸せなことです。

ただし、若い時に色々と気が付いて、努力しておくことで、ある程度の年齢になった際の難易度を下げておくことは可能だったのかもしれません。

私の場合、10年後20年後といった将来を見据えて行動することなく、ボ~っと生きてきたので、そもそも気が付くことはなかったですし、気が付いたところで、その後の難易度を下げる成功も難しかったでしょうが…苦笑


ともかく、人生の難易度を上げる要素は色々とあります。

私の場合、「就職(仕事)」「結婚」「子ども」「両親」「体調」あたりが難易度をグッと上げましたね。

「老い」も入れられるでしょうが、「年齢」は難易度を下げる部分もあるので、「体調」をあげておけばOKかな…笑

まぁ一般論として、まずは「就職」で難易度は上がりますよね。

しかも、今風に言うとガチャ要素があり、運にも左右されます。

例えば、世間から見て優良企業に就職できたとしても、悪い意味で変な上司に当たれば苦しい思いをするでしょうし、良い会社かどうかなんで、よほどの嗅覚がないと、入ってみなければわかりません。

そういえば就職に関して、近年は1つやんわりとした後悔があります。

私のことではなく、妻の親戚の話です。

数年前まで、妻の実家で妻の親戚の大学生が居候をしていました。

その子が就職活動をしていた際、話を聞いていて気になった点があったのですが、年に1~2回しか会わないおじさんが口を出すのもなぁ…と思い、アドバイスを控えました。

そして、とある企業の内定が出た後も、その企業の話を聞いて大丈夫かなぁ…と心配をしていましたが、やはり就職後、半年くらいで心身を壊して退職します。

心身を壊したとはいえ、とっとと辞めたのでGOOD!!…ですがね。

今はもともと希望していた業界に再就職できて、地元にも帰っているようなので、結論としては良かったのかな…という気もします。

ただ、やっぱり気になったことは伝えておくべきだったかな…と、やんわり後悔はしましたね。結果は変わらなかった気もしますが。

ともかく、就職と仕事は多くの人にとって、人生の難易度を上げる要素に違いないでしょう。

だからこそ、仕事にやりがいを持てる人は幸せとも思います。

また仕事以外では、私の場合、気がついたら不整脈もちの、めまいもちになっていましたので、この「体調」の悪化は、グッと私の人生の難易度を上げました。


もちろん、多くの人が何かしら、だましだまし生活をしている部分はあると思います。

しかし、調子が悪いのに、”だましだまし”でも諸々をこなしていかねばならない…というのは、本当に人生の難易度を上げます。やれやれ。

唯一、尊敬していた上司のアドバイス

勤めている会社で以前、唯一といってよいほど尊敬できる上司がいました。

もう退職されていますが、色々な意味で人間ができているなぁ…という方です。女性でした。

あまり接点がなかったので、ほとんど話はしませんでしたが、私に子どもができた際、その方より1つアドバイスをいただきます。

それは「子育て」に関して、「他人と比較をするな」という内容です。

その方のお子さんは身体が弱く、幼い頃はかなり苦労されたようです。

隣の芝は青く見える…ではないですが、周囲のお子さんを見ると「どうしてうちは…」という気持ちになったとのこと。

しかし、それでも何とかなるし、ちゃんと育つから…といった内容でした。

その話を聞いたのは、子どもが生まれた直後だったと思いますが、このブログでも書いてきたように、その後は私も実際に色々とありましたからね。

特に周囲のママ友やお子さんと接する機会の多いママさんは、ついつい他人と比較して、焦ってしまうことがあるでしょう。

よそのご家庭を見ることで、互いに影響を与えあって切磋琢磨する…という良い面もあると思いますが、妙に焦ってバランスを失わないようにするのも大切です。

そのバランスが難しいんですけどね…苦笑

スキーでもスノボーでも「微妙な塩梅あんばい」ってありますよね。板を傾け過ぎると転ぶし、傾け方が弱いとスピードが上がりすぎて結局転ぶように…。


話を戻しますと、ある時から、何かしらの原因で人生の難易度が上がったとします。

1つ歯車が狂うと、色々なことが上手くいかなくなったりしますし、それまでのように振る舞おうとすると、シンドい時期が続くこともあります。

上で「就職(仕事)」「体調」「子ども」という要素を書きましたが、例えば、「体調」の悪化に、「子ども」の世話なども重なり、「仕事」が上手く回せなくなることもあるでしょう。

ぶっちゃけ、私がそうでした。特に「仕事」なんて、キャリアが長くなるほど難易度の高い内容を要求されますしね。

上手く回せなくなったというよりかは、より高まった要求に応えられなくなった…という感じです。

結果、自分としては歯を食いしばって頑張っているにもかかわらず、評価が上がらないどころか、むしろ下がる経験もしました。

疲弊しているわ、納得いかないわ、将来への不安もあるわ…で滅入ることも。

しかしそんな時、自分の「人生の難易度は上がってしまった」と認識して、「他人は他人」と割り切ることもアリなのかな…と最近感じています。

まぁ、良い意味であきらめる…といいますかね…笑

自分の状況をちゃんと伝えることも大事ですが、理解を得られるとは限りません。

ましてや、私が勤めているような小さな会社では、理解を得られた風になったとしても、結果(状況)は変わりませんでした。

悪い言い方でしょうが、会社にしてみれば、私の体調不良とか、家庭の話など知ったこっちゃない…でしょうし。

しかし、もう「私の人生の難易度は上がってしまった」「以前の私ではない」「今できるのはこのくらいが限度」と割り切ることができれば、必要以上のストレスは減るのかなと。

「他人」の人生の難易度なんて、自分で味わってみなければわからないですよね。想像すらしないことが普通です。

想像をしてくれたとしても、やっぱり理解しきることはあり得ません。私もできないと思います。

例えば、風邪ひくとシンドイ…と頭でわかっていても、実際にひくと「やっぱシンドいわ…」と改めて身に染みます。やっぱり現実に味わわないとね…苦笑

要するに、難易度が「上がる前」の自分を前提に、周囲の要求に応えられなかったとしても、さらに、それを責められるようなことがあったとしても、心の中では「もう前提が違う」と割り切って、できるだけ気にしない。

また、他人を羨むこともしない。

人は人、私は私…と割り切ることで、妙なストレスは軽減できるかなと。

そして、自分の人生の難易度を前提に「できることをする」しかないのかなと。

淡々とね。どうせそれしかできない…ですしね。

ちょっとマジメな話ですが、そんなことを最近感じているところ、書かせていただきました。

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