「父が死んだ気がしない」ことで、自立を感じた件

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こんにちは、こんばんは。
サマビーです。

各パソコンやスマホで異なると思うので、一般化してよい話ではないと思いますが…

私のスマホやパソコンで「虹色看板」と検索すると、このブログがトップ~3番目くらいに出てきます。

ブログを始めて4か月ほど…「ここまで来たか」という反面…

「虹色看板」というワードで検索をかける人などいないという事実。

どうせならば間違えやすかったり、ついでに出てきやすいブログ名にすれば、良かったなぁ…笑

さて、今日は日曜日(2020年2月16日)ということで、今日も雑談系です。

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3月に、三回忌が行われます

私の父は、2018年2月に亡くなりました。

ちなみに、その辺の話は数回に分けて、以前に書いてあります。


で、今年(2020年)の3月に三回忌さんかいきを行う予定で、お寺の予約等の手続きは昨年中に済ましました。

手続きとは言っても、父のお墓があるお寺に「三回忌を行いたい」と連絡をして、日程を決めて、予約を取ったくらいです。

なお、その前にお寺から通知も来ましたので、忘れることもありませんでした…笑

当日のお供えもの(お花と果物)は、お寺で手配してもらいましたので、あとは当日に行くのみ。

ちなみに、そのお寺では、お供えもののお花と果物の価格は、それぞれ3~5千円くらいの方が多いとのことでした。

うちはちょっとだけ奮発して、5千円のものに。

ですので、当日はそのお金とお布施を持っていくくらいです。

ちなみに、いわゆる年忌法要ねんきほうよう(※)」のうち、一周忌は死亡した翌年に行います。

一周忌までがいわゆる喪中もちゅうであり、それ以降に「喪が明ける」ことになります。

※年忌法要は、1年ごとの節目に、亡くなった人をしのんで供養くようを行うものです。一周忌以降は亡くなった年も入れて年数を数えるので、一周忌の翌年三回忌となります。また、遺族は三回忌までは喪服を着用します。

また、いつまで年忌法要を行うのか…という点については、宗派で異なるようです。

仏教では三十三回忌を過ぎると、故人がご先祖様の仲間入りをすると言われているそうで、一般的には、三十三回忌を「弔い上げ」として盛大に行い、これをもって法要を終えるとか。

ただ現在は、三回忌まではお寺などで普通に行い、後は家族だけで…みたいなことが多いようですね。七回忌は行うご家庭も多いのかな?

わが家は、お寺で三回忌を行いますが、家族以外の親族も何名か来られます。

その後、みんなで食事会をして終了…みたいな感じですね。

ですので、親族への連絡や、食事会を行う飲食店は押さえねばなりませんが、そこは兄に任せました。こういう点も兄弟がいると、作業の手分けができるので助かります。

そんなことを考えると、1人っ子の息子に対しては「気にしないで、手間はかけないでいいよ…」と伝えたいですね…。

今だに、父がいなくなった気がしません

このタイトルを見ると、勘違いをされる方もいるかもしれませんね。

父が死んだ現実を受け入れられないとかではありませんので、ご安心ください…笑

わかる人にはわかると思うんですが、なんて言うんですかね…

家を出てからは、そんなに父と会っていたわけではありませんし、 ドライに言ってしまえば、気持ちや生活に変わりはないんです。

特に最後の1年くらいは、実家に行っても(悪い意味ではなく)、ほぼ話をしないで帰ることも珍しくありませんでした。

なので逆に言えば、今でも実家に行くと、居るような気がしないでもない。

そんな感じの「死んだ気がしない」です。


ちなみに、私としては「家を出た時」の記憶のほうが、しっかりと残っています。

結婚をして、引っ越しで家を出た日の記憶ですね。

実家で暮らしていた頃も、最後の数年は仕事が忙しく、父と会う機会が減っていました。

同じ家で暮らしていてもです。私が家に帰る時間には、もう父は寝ていましたから。

そして、バタバタと引っ越しが決まり、家を出る前日も、当日の朝もちゃんと父に挨拶ができずに家を出ます。

家を出る前にちゃんと声をかけたいなぁ…と思っていましたが、前日も仕事で帰りが遅くなり、当日は少し寝坊をして、慌てて家を出ました。

父の仕事場は、実家のすぐ前にありまして、荷物をたんまり載せた車で家を出る際、車の中から「行ってくるよ」という挨拶をした程度でした。

声をかけたわけではなく、手を挙げてアイコンタクトをした程度です。

その時の父の顔が、少し寂しげな感じがしました。今でもはっきりと覚えています。

なお、私の引っ越し先は、実家からさほど遠くありません。

引っ越した後も普通に会うと思っていましたし、実際にそうでした。

ただある意味、あの日が実質的なお別れだったのかなぁ…という気がしています。

それまで私は、生まれてからずっと実家暮らしだったわけですし、ちゃんと挨拶をしたかった…という点は心残りです。


ともかく、家を出た私は新しい生活を始めたわけで、そちらがベースになります。

よって、父がいなくなったことで、生活に変化はなく、結果、気持ちに変化もないのでしょう。

そんな自分の気持ちに気づいた際、「俺は自立したのかなぁ…」などとも感じましたね。

実際のところどうなのかは…わかりませんが…苦笑

この場で謝るのならば…

もう1つ父に対しては、心残りがあります。

父が半分仕事を引退しかけていた頃、私は「美味しいお店に連れていってくれ」と何度か言われていました。

それを実現させなかったことです。

少なくとも2年ほどの期間は、チャンスがあったと思います。

仕事の忙しさ、自分の体調の悪さに、かまけていました。

また、初めて父を新居に呼んだ際、父が脳梗塞を発症したことも私を少しビビらせました…苦笑

ちょっといい飲食店に連れて行くにしても、父が待ち時間や店の雰囲気に耐えられるのか…とか、余計なことを考えた、しょ~もない自分がいます。

謝って済む問題ではないですが…父の墓前でも謝ったことがなかったと思いますので、まずはこの場で…

親父…申し訳ない!!

いや本当に…。


ちなみに父の死後、父が死んだからかもしれませんが…

話ができるのならば、父に聞いてみたいな…と思うことはあります。

もともと父に相談ごとなど、全くしなかった私ですが、こんなことを聞くと、父は何て答えただろう?…と思うことはあるのです。

でもこれはきっと「父が死んだから」ではなくて、父が生きていた間も「本当は聞いてみたかった」んでしょうね。

父に相談するのが、照れくさくてしなかったんでしょう。

どちらにせよ、いつも私の味方をしてくれた父でしたので、今もきっと見守ってくれているはず。

…多分ね…笑

感謝を込めつつ、また、美味しいお店の件のお詫びをしつつ…三回忌に臨みたいと思います。

失礼いたしました。

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